偏見や先入観にとらわれる性質

「世界を正しく見る」というテーマでブログを続けよう。前回「答えが先にある」怖さとか、テレビの情報のあり方に対する不安を取り上げたが、それを書いているとき思い浮かんだのは「4つのイドラ」という言葉だ。

 先月、17年間私の命を支えてくれたペースメーカーのバッテリーが限界を迎えたということで1週間入院し埋め替え手術をした。その時持っていったのが、「哲学と宗教全史」(ダイヤモンド社出版、出口治明著)という本だ。これは世界中の哲学・宗教を歴史を追って本当によくまとめてある。入院中こそ落ち着いて読めると思って持っていった。素晴らし本だと思う。

 その中で「四つのイドラ」という言葉に出会った。それを唱えたのは、イングランドのフランシス・ベーコンで、その名前は聞いたことがあると思うが、「知識は力なり」で有名な人だ。ガリレオの地動説がキリスト教によって否定されたことが有名だが、人間が神の世界の秩序から自由になっていくことで、ヨーロッパでは、哲学や自然科学の世界に合理性の成果が実を結び始めた時代の人だ。

 まず「イドラ(idola←ラテン語)」とは、「人間には偏見や先入観に囚われがちな性質がある」ということを表していて、偶像とか幻影と訳されることが多い。アイドル(idol)と同じ語源で、現代のアイドルはファンによって理想の姿というか偶像化された存在ですね。ベーコンは人間のその性質に対して警告し、観察や実験の重要性を解いたのです。要するにイドラもアイドルも対象を正しく見ずに偶像化しているということです。

 アメリカ南部を中心に福音派が大統領選挙に大きな影響力を持っているそうだ。もちろんそれぞれ個人が宗教を大切にし、自身の生き方の支えとしていることは否定するものではない。だが、キングメーカーと呼ばれるような巨大教会を率いるような牧師の語りに何百万人もの人が影響されるインフルエンサーのような状況には不安がある。事実をそれぞれがよく見て物事を考え、自分によっての意味を理解して結論を出すのなら良いが、ある人の言葉に熱狂的に従っていくことは怖いことだ。このブログで宗教や政治に入り込むことは避けたいが、人間誰しもそういった「偏見や先入観」を持っていて、人々の争いごとにつながった歴史はたくさんある。

 そこまで行かなくても(実は私もそうだが)血液型や干支、星座に関わる情報はつい「なるほどな」と見てしまう。まあ都合の良いところだけ見ていることが多いとは思うが。

「四つのイドラ」は次回まとめてみよう。