「世界を正しくみる習慣」というテーマで新しいブログを始めたが、先日テレビで首を傾げる場面を見た。最近のニュース番組は長い時間をかけて、一つのことを掘り下げていくが、とてもそのことに詳しいとは思えない人が自分の思ったことを主張している。感想的なことなら一般の人の思いとして受け止められるが、非常に面白おかしく扱ったり、あまり根拠もないのに否定したりするのはいかがなものかと思ってしまう。さらに、コメンテーターが全て知っているのは自分であるような立場で見解を言うのも不安だ。これは「根拠のある説」なのか、「二つの側面がある」ことなのか、「自分の経験から思う個人的見解」なのか、そういったことが語られないまま進められてしまう。
先日首を傾げたというのは、「責任ある積極財政」という高市内閣の財政計画を進める重い立場の委員になったエコノミストが、グラフや30年近いこれまでの日本の状況をまとめたものを提示して説明しているのに、あるコメンテーターが、根拠のない否定的なことばかり言うのだ。自分の意見がうまく表現できないと、次第に相手を鋭く指差して攻めたり、腕を組んで怒りの表情をしたりとひどい状況だった。これはYouTubeでもたくさんの否定的な評価を受けているやり取りだった。前々からこの人は好きではないので、たまたまつけたテレビにこの人が出てくると私はすぐチャンネルを変えていたが、その横暴さがエスカレートしている感じがする。
何か「答えが先に決まっている」というか、「自分の中で正しいことはこれだけ」という感じで、他の人の考えを理解しようとしていないというのは怖いと思った。そのエコノミストは、インフレ・デフレについて、こうなったらこうで、こう行き過ぎるとそんなことになる場合もあるなどと丁寧に説明しているのに、「やっぱりインフレじゃないですか!」と怒っている。経済は、そのほんのわずかな匙加減で変わるのだ。不用意な発言はもちろんダメで、バランスよく社会の状況、国民の意識を捉えて進めていかなくてはいけないのだと思う。
テレビは、やはり刺激的なことを言って人の心を揺さぶることに長けている人が視聴率をとれるという側面があるのだろうか。「世界を正しくみる習慣」とは何なのだろう。深めていきたい。