世界を正しく見る〜その2

「世界を正しく見る」というテーマで新しいブログをスタートさせたが、最近思うのは情報が溢れる社会で何を選択し、それをどう解釈するか迷うことがとても多いということだ。興味のあるニュースを見たくてYouTubeを開くと、「えー、そんなことが!」と世界的大事件と驚くような画面に出会う。そんな大事なら緊急ニュースでテレビで流さないはずはないというようなことが当たり前に表示されている。フェイクニュースに気をつけることはもちろんだが、いかにもありそうなことを大袈裟に書いていて、つい開いてみると「あっ、これはダメだ」とすぐ閉じることのなんと多いことか。

 最近はだいぶ慣れてきたせいか、危ないものに振り回されることは少なくなった。まず、正式な組織(テレビ局など)が流しているものや、きちんと本人が顔を出し、自分の責任において語っているもの以外は見ないようにしている。また歴史や経済・地政学などは、確かな事実やデータに基づいた説明以外は相手にしないようにしている。やや偏っているような内容を見た時は、違う立場の意見なども見て、信頼できそうなものは何かと考えたりしている。

 そうやって色々な事実をもとに自分で考えるようにし、本物を選び取って自分なりに理解しようとすることが大事だと思う。高市総理になってから国会中継でこれからの社会をどうしていくべきか問い合う場面はとても面白くなってきたのでたまに見ているが、それがテレビニュースや新聞で見ると、「なんでこういう解釈になるのだろう」「なんでこの部分だけ取り上げて否定的な報道になるのだろう」と首を傾げることが多い。

 高齢者の多くは、そういった新聞やテレビから社会の情勢を受け取っているので、為政者や日本の未来について否定的な考えしか持てないのではと思ってしまう。逆に若者世代はテレビを持っていない人も多く、SNS等でより生の情報を得ているので、新聞やテレビを「オールドメディア」と呼んで“偏向したものという印象を強く持ち始めたのではないだろうか。もちろん、自分の思い込みも膨らんでくるので、興味を持つとその方向で考えが膨張していき、偏った理解にハマってしまうこともある。あの兵庫県知事選挙などはその典型的な例のように思う。だから若者の方が社会をよく知っているとも言えない。本当に「世界を正しくみる習慣」というのはなんなのか、じっくり調べる必要がある。