(このブログは、文藝春秋社刊「脳科学は人格を変えられるか」を参考に、私の思うところを書いています。スタートは、昨年の12月12日です。)
第3章では脳科学から見た「恐怖」について触れてきた。最初に(2月17日のブログ)、私の火事を消した思い出を書いた。長年学校に勤めた人でも、自分で消火した経験のある人は本当にわずかだろう。それを2度も経験しているのだからかなり稀な教員だ。その経験のおかげで管理職になってからも落ち着いて対応できた気がする。東日本大震災の時は、校長として三輪小学校にいたが、揺れている最中から、管理職として何をするべきか冷静に考えている自分がいた。
実は、冷静に対応した事例で結構鮮明に覚えていることがもう一つある。映像として記憶に鮮明に残っているので、それだけ能力をフル動員した思い出なのだろう。
城山小学校にいた30歳代初めの頃だった。土曜日の夕方近くだった。子どもたちはもちろん、教員もほとんど帰り、5人ばかりで研究会をしていた。その時、校舎が揺れるような大きな音がして、首をすくめると、学校中の非常ベルが一斉に鳴り出した。おそらくごく近くに雷が落ちたのかと思う。すぐ、防災システムのある事務室へ移動。教頭ら残っていた職員6、7人が集まった。どうするべきかそれぞれに考えている中で、安全防災係だった私が教頭の了解のもと指示を出した。まず各校舎へ分担で現状確認に行ってもらうよう振り分けた。私と教頭が事務室に残り連絡を待つ。確認に行く人には、消化設備に付属していた電話機を持って行ってもらった。異常なしの連絡をもらってベルを止め、他の可能性について検討した。結果的に、雷に非常ベルが反応しただけで特に異常は見当たらなかった。ほとんど年上の人、教頭もいる中で係とはいえ、よくてきぱきと指示ができたと思う。よい思い出だ。